心理臨床家との―書簡―「サイレントコード」の深部へ
心理臨床家との―書簡―「サイレントコード」の深部へ

このテキストは作者の高津央と心理臨床家の梶早霧氏が
作品集「サイレントコード」を深く探求するために行った対話を
テキスト化したものです。
アートと心の深く純粋な繋がりが垣間見えます。


-「サイレントコード」の深淵へ-

心理臨床家 梶早霧さん(アーツセラピー研究所)との「書簡」第一回

■『遊び』とは?
→『サイレントコード Silent-Code』は遊び
→自分が好きなものを突き詰める

高津「パソコンを利用した創作は、歴史的に新しい。 描いたり彫ったり、という方が太古からあったから、きっと昔に戻れるんですよね」

梶「そうですね。自分の手が、直接モノに触れて何かを創る。 箱庭療法だったら砂に触れるし、コラージュ療法では紙やハサミ、のりに触れます。 そのアクティビティ自体が遊び心を促進させるような、つまり適応的退行を促進させるような働きがあると考えられています」

高津「『遊ぶ』というのは、どういうことなのでしょう?」

梶「何かを創造するには、遊びの要素が必要だといわれていますね。 ウィニコット(Winnicott,D.W.)という心理学者が『遊ぶこと』を創造的な営みとして位置づけています。 ウィニコットによると『遊ぶことが姿を現すのは、個人の内部と外部の中間領域である。 そのため、遊ぶことにおいては現実が否認されることもなく、空想もまたその生気を奪われない』と。 そしてウィニコ ットは子どもが遊ぶことと大人の創造性を重ねて見ています。 また、『創造性の発揮とは迎合することなく自発的に生きる部分に見出せる』とも述べていますね。

高津「誰かに『こうしなさい』といわれたことではなく、自由にやることでしょうね。 自分から『こうしたら面白いんじゃないか』と考えるのが、遊びなのかなと」

梶「そうですね。強制されたことでも、自分で義務付けたことでもなく、 『こうしたい』という自発的な気持ちが必要なんでしょう」

高津「そうであれば、『サイレントコード Silent-Code』は、まさに遊びですね。 誰にいわれるでもなく、ただやりたいと思ってやっただけなので」

梶「それは、いわゆるお仕事とは違う?」

高津「違います。仕事のデザインワークは、作っては検証して、構築していくやり方なんですね。 クライアントや、ミュージシャン・プロデューサーの意向も含めて、作り上げることになる。 それが、今回の作品に関しては、何の検証もありません。 自分が良いと思えばそれでいいし、自分がダメだと思えばダメ。他者の感覚が入っ ていないものになっています」

梶「まさに、自由に好きなように創っていったんですね」

高津「そうですね。自分が好きなものを突き詰める作業だったと思います。 普段は、『自分って何が好きなんだろう?』と、真剣に考えることってないですよね。 でも、作品を作るうえでは、それを突き詰めないとアイデアは出てきません。 普段は使っていない頭の部分を使うのは、非常に面白いですね」

梶「確かに、お仕事の時と創るスタンスが違うんですね」

高津「仕事のデザインにおいては必要かどうか、または正しいかどうかが判断基準ですから、 好き嫌いで判断すると仕事になりませんね。」

引用・参考文献)
杉浦京子:コラージュ療法ー基礎的研究と実際ー 川島書店,1993
小此木啓吾編:精神分析辞典 岩崎学術出版社,2002


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